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数々の問題を残したまま英宗は

数々の問題を残したまま英宗は1067年(治平4年)に4年という短い在位期間で死去、20歳の青年皇帝神宗が即位する。神宗は養育係の韓琦から盛んに王安石の評判を聞かされており、王安石は知江寧府(江寧(南京)の知事)から皇帝の側近たる翰林学士に抜擢され、更に1069年(熙寧2年)に神宗より参知政事(副宰相)とされた。同中書門下平章事(宰相)には元老の富弼が任命されたが、実質的には王安石が宰相と言っていいだろう。

王安石は新法を実行に移すにあたり、制置三司條例司と言う新たな部署を作り、呂恵卿などのかねてより目を付けていた新進官僚をここに集め、改革の土台とした。制置三司條例司は財政担当の部署である三司の見直しをすることを名目として宰相からも掣肘を受けない強い権限を与えられていた。

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そして同年7月、新法の第一弾均輸法が施行される。以下、事実の経緯を追う前に新法の各内容を一括して説明する。

青苗法(せいびょうほう)
1069年(熙寧2年)9月に施行。宋代には天災による飢饉に対する備えや貧民救済のために穀物を蓄えておく常平倉・広恵倉というものがあった。しかしこれの運用がまずく、蓄えられている穀物が無駄に腐っていくことも多かったので、これを利用して農民に対する貸付を行った。

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2009年09月22日 02:05に投稿されたエントリーのページです。

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